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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2005号 判決

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)中部鋼鈑株式会社は請求原因として、控訴人渡辺鋼業株式会社及び同渡辺義秋は昭和三十年四月三日東洋鋼材株式会社に宛て金額百五十万円なる約束手形一通を振り出し交付したが、東洋鋼材株式会社は昭和三十年四月五日これを被控訴人に裏書譲渡したので、被控訴人は右手形の所持人として控訴人らに対し、合同して手形金百五十万円をこれに対する支払済までの損害金の支払を求める、と主張した。

控訴人渡辺鋼業株式会社及び同渡辺義秋は、本件手形振出の事実はこれを認めるが、東洋鋼材株式会社が昭和三十年四月五日右手形を被控訴人に裏書譲渡したことはこれを否認する。東洋鋼材株式会社は楠田仙次弁護士を代理人として昭和三十二年五月十三日附書留内容証明郵便で控訴会社に対し本件手形金を含む金員の支払を請求しているのである。

仮りに東洋鋼材株式会社に対する訴が取り下げられた時において本訴が適法なものとなつたとしても、この時には本件手形金債務は既に時効にかかつていたものであるから控訴人らにその支払義務はない。

また、仮りに被控訴人が現在本件手形の所持人であるとしても、これは満期後の昭和三十二年五月十三日以後の裏書によるものであるから、控訴人らは被控訴人の前者である東洋鋼材株式会社に対する抗弁を以て被控訴人に対抗することができるところ、控訴会社は右会社から昭和二十八年六月頃から同三十年一月頃までに買入れた鋼材につき品質不良等の事由によつて金四百二十五万四千円の代金減額請求権を有し、右会社もその減額を約していたものである。よつて控訴人は右減額請求債権の内金百五十万円を以て本件手形金との相殺の意思表示をし、右相殺の抗弁を被控訴人に対抗する、と主張した。

理由

控訴人等は本件手形が昭和三十年四月五日に被控訴人に裏書されたことを争い、この裏書は早くとし昭和三十二年五月十三日以降であつて期限後裏書である旨の主張をする。そして証拠によれば、昭和三十二年五月十三日附東洋鋼材株式会社より控訴会社宛の内容証明郵便(乙第一号証)による請求金二千百五十七万二千五百六円中には本件手形振出の原因たる東洋鋼材より控訴会社に対する鋼材の売掛代金債権額もまたこれに包含されている事実を認めることができるから、右当時において東洋鋼材が本件手形金に相当する売掛代金債権を他に譲渡することなく尚その手中にしていたこともこれを認めることができる。しかしながら、売掛代金支払を原因関係として振り出された手形は、これを特に代金の支払に代える等特別の事情のない限りその支払のためのものと認めるのが相当であり、本件においても右のような特別の事情はこれを認めるに足る資料はないのであるから、本件手形は控訴会社の東洋鋼材に対する買掛代金債務の支払のために振り出されたものと認めるべきである。そしてこのように売掛代金支払のために手形が振り出された場合、その支払のための手形が支払われた場合は格別であるが、まだその支払のせられない間は、売掛代金と手形金の両債権共併存し、その双方、殊に手形が別途に他に譲渡せられることのあるのは寧ろ取引界における常道ともいうべきものであつて、この場合売掛代金の債権者は、手形金の支払のあるまでは、手形を他に譲渡している事実があると否とを問わず、尚その売掛金の債権はこれを失わないものであり、従つてその請求をすることのあり得べきこともまた当然である。

従つて右乙第一号証による請求金中本件手形金に相当する部分の売掛代金債権額が含まれているからといつて、右の請求以前には本件手形が他に裏書譲渡せられた事実はないものとまではこれを認め難いところであり、しかも本件においては、本件手形によれば東洋鋼材より被控訴人に対する本件手形の裏書の日は昭和三十年四月五日と記載されていることが認められるところであり、他に右記載が特に日附を遡記したとの事実を認めるべき何らの資料もないのであるから、右裏書の日は右手形面記載のとおり昭和三十年四月五日と認めるのが相当である。

控訴人等は尚本件裏書が期限後裏書であることを前提として相殺の抗弁をするけれども、本件裏書が期限後裏書と認められないことは前記のとおりであるばかりでなく、控訴人等が右相殺の用に供すると主張する反対債権の存在についても何らこれを認むべき証拠がないので、右控訴人等の抗弁もまたこれを採用することはできない。

してみると、控訴人等に対し本件手形金百五十万円及びこれに対する完済までの損害金の支払を求める被控訴人の請求は正当であるところ、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。

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